七宝の魅力 「加藤七宝」

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西区にある知人の七宝焼のホームページのご紹介です 029.gif

059.gif 三代目となるご子息が、七宝の歴史・作品の紹介ホームページを開いていますので一度ご覧ください 040.gif

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有限会社 加藤七宝製作所
愛知県名古屋市西区香呑町4-31
電話&FAX:052-531-1382

info@katoshippo.com

「七宝」の由来
七宝とは仏教の経典にある七つの宝物「金・銀・瑠璃(るり)・蝦蛄(しゃこ)・瑪瑙(めのう)・真珠・ま(王へんに攵)瑰(いえ)」を表します。その七宝に匹敵するほど美しいことから名称がつけられたと伝えられています。

七宝の歴史
七宝とは、一般的には、金属の表面にガラス質の釉薬をのせて焼きつけたもののことをいいます。その起源は古く、世界最古の七宝は、ツタンカーメン王の黄金のマスクに代表される、紀元前十数世紀にまでさかのぼります。その後ヨーロッパ各地に分散し、日本には、6・7世紀頃に中国・朝鮮を経て伝わりました。
日本に現存する最も古い時代の七宝としては、裏面に七宝が施された鏡が奈良の正倉院に保管されています。
日本において七宝が盛んに作られるようになったのは、17世紀になってからのことでした。当時の日本では刀装具に使われたり、城や寺社仏閣などの釘隠し、襖の引き手などの装飾に使われていました。
京都の平田道仁が、江戸時代初期に朝鮮半島の工人に七宝の技術を学んだと言われています。
しかしその技術は平田家の秘伝であり、万人に広まることはありませんでした。
また江戸時代後期には、尾張の地で梶常吉が独学で七宝の技法を解明し、「近代七宝」が始まったとされています。以降七宝は尾張で盛んに制作されるようになり、幕末には尾張の特産品として認識されるまでになります。
愛知県には七宝町という地名が残されており、この地を中心に神奈川・東京・京都などに広がり、現在でも七宝制作の伝統が受け継がれています。
私たち、加藤七宝製作所もその流れの一つとして、名古屋の地で伝統の技を継承してきました。
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by madame-f | 2009-06-07 06:39 | お気に入り | Trackback | Comments(0)

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